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カテゴリ:LIVE REPORT( 5 )


2007年 02月 07日

遠藤ミチロウのマリアンヌ

「地球屋 」で遠藤ミチロウを観た_

ギター一本のアコースティック・ライブ
FORKでもROCKでもPUNKでもあり そのどれでもない音楽
ミチロウは早川義夫から始まった文学情念型とも言える日本語ROCKの継承者だ
LOU REEDやDAVID BOWIEを聴いていると
「英語圏の人間になってこの歌を聞いてみたい」というジレンマにかられるが
ミチロウや早川義夫を聴くとそれも和らぐ

スターリン時代から最新のものまで 新旧の唄が歌われて行く
ささやきから絶叫まで
どれだけ激しくギターを掻き鳴らしたとしても彼独特の素朴で知的な空間が壊れることはない
50人ほどの観客がその光景を固唾を呑んで見守っている
約二時間の独演はあっという間に過ぎて行った_

ラストの曲を告げようとした時
客席から「マリアンヌを演ってください、、、」とリクエストがかかった
「・・・ 」
「早川さんのマリアンヌです。クラブチッタ以来なんです、、、。」

ミチロウは少し間を作りギターを弾き始めた
激しいノイズを演出し咆哮のような声を震わせる
その震える音像が音楽に変わり「マリアンヌ」に繋がった時がこの日の頂点だった

 嵐の晩が好きさ、、、

くぐもった声で歌い始めるミチロウ
私は歌詞を聞き逃さないように思わず身を固くする


早川義夫の「マリアンヌ」を初めて聴いたのは10代の時 
感度の悪いAMラジオから流れてきたこの歌に強い衝撃を受けた
FORKでもROCKでも演歌でもない情念の唄
「こんな強い唄があったんだ、、、」深夜ペンを握りながら茫然としていた


ミチロウは感情を抑制しながら淡々と「マリアンヌ」を唄う
私は音楽のみならず絵と漫画においてもこの曲に強く影響されていたことを改めて感じた

'70年代イギリスのPUNK ROCK_SEX PISTOLSをデザインしたヴィヴィアン・ウエストウッドが
'90年代半ば「もう過激なファッションを作る気はないのか」と聞かれ
「今、過激であるということは、エレガントであることです。」と言い放ったのを思い出す

それからさらに10年


ミチロウが次の答えの入り口を見せてくれたような気がした_



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by hirokimafuyu | 2007-02-07 03:01 | LIVE REPORT
2007年 01月 20日

Varunk

国立の地球屋でVarunkを観た

鈴木愛彦_フレットレス・ベース
野崎雅人_パーカッション
二人編成のインストルメンタル・グループ
Varunkとはハンガリー語で「私達は待つ」との意味らしい_

人員的な音数の少なさを逆手にとって空間に色づけをしていく
音楽の自由度を探索するような演奏
水墨画の達人のライブ・ペインティングを観るような緊張感が素晴らしい

豊穣な空間が生み出され
そこにオーディエンスとして飲み込まれていく快感
波動に触れた自分の体_
というよりも心が音楽の一部になったような気分がした
ステージ上 向かい合って演奏をする二人の間で「私」の物語が生まれ進行していく

子供の頃に遊んだ神社を思いだした_
東京の片隅の町
私が初めて四季の移り変わりを知った神社の杜

優しさと眩さに満ちた子供の頃の記憶
二人の演奏者がその「私」を守ってくれている

そしてこれは彼等のメッセージなのだと気づいた
ヴォーカリストのいないBANDが唄うメッセージ・ソング


休憩を挟んで二部構成約70分の演奏が終わった
会場を埋めた人々から熱い拍手とアンコールが湧き上がる
しかしステージからは
「これ以上は出来ません_」の声

その言葉は清く響いた


私達はもう一度拍手をした



Varunk web site
http://www.varunk.jp

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by hirokimafuyu | 2007-01-20 00:10 | LIVE REPORT
2005年 12月 28日

THE STARS

一昨日 下北沢SHELTERでTHE STARSを見る
新しいCD「Perfect Place To Hideaway」発表後のLIVE

この日も私の体調は良いとは言えない
それでも下北沢SHELTERに向かったのは栗原ミチオが送ってくれた彼らの新作が素晴らしかったからだ_


たまたまPAスピーカーの前に位置したことで洪水のようなギター・ノイズを受ける
耳が悲鳴を上げる
でもうるさいとは思わない
優れたサイケデリック・ノイズは轟音の中でも何故かシーンとしている
微睡みの中で鳥のさえずりを聞くような至福感がある

充分なキャリアを持つ男達によって紡がれた強靱で無垢な音像
地上に落ちた天使を空へ帰す為に4人で懸命に風を起こしているようにも見える

ROCKをNOISEをあるいはPSYCHEDELICを勘違いするものは多い
ギターをアンプに繋いでエフェクターの摘みを右に廻すだけで事足りる時代ではないのだ

透徹した光のような音楽
70年代 NEW YORK CITYバワリー街に生まれたC.B.G.Bで伝説のバンド TELEVISIONを目撃することが出来たら同じような匂いを感じたかもしれない


この日私は轟音の中で安堵していた

心を癒すのは休息ではない
新しく何か焦がれるものに触れた時だ




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by hirokimafuyu | 2005-12-28 03:21 | LIVE REPORT
2005年 06月 10日

内田ボブ/自由について思うこと

少し前のことですが

「地球屋」で 内田ボブという人の歌を聴きました

ここは基本的にLive houseですが Live後はBar Timeになります
国立駅から自宅への道すがらでもあり
出かけた際にちょっと寄ることがあります

夜10:30
外から音が聞こえなかったので てっきりLiveは終了しているものと中に入りました
しかし出演者の交代の間だったようです
初老とも思える男二人がステージに上がり簡単なセッティングを始めました
アコースティック・ギターそしてコンガのような打楽器の編成

私は少し失敗したと思いましたがカウンターでBeerを注文
一二杯飲んで帰るつもりでした


演奏が始まる
アコースティック・ギターの調べ
シンプルなコード進行
優しい声が響く
ゆったりとした鼓動のようなリズム
悪くない...

飾らない言葉にメッセージがのる

小さなトマトで
小さな玉ネギで
小さな野菜で
小さな畑で
それで十分なのに

それなのになぜ
人は貧しいの
.........


最初はヒッピーの生き残りか...という感触でした
でも2.3曲聞くうちにそれは少し違うなと思いました

曲間のMCが長い

 若い頃国家地域の枠を越えたコミューンに憧れ全国を放浪
 沖縄で水牛農業を約十年
 その後信州に場所を移し
 平和運動と音楽活動...

たんたんと歌が続き見てきた風景が語られます

客席から
「ボブ また聞けるとは思わなかったよ...」と女性の声...
ステージから笑顔で返す

時間が濃密になる
その場が彼の風景に染まっていく


私は久しぶりにストレート・ウヰスキーを注文して前の方の席に移動する

パーカッションの男が渋い
無表情で黙々とプレイをする
スキンヘッド...と言うよりは髪は全て抜け落ちた感じ
かわりに山羊のような髭
細身ダークブルーのチャイナスーツに夜を飲み込んだような黒光りの細い靴

歌とギターの内田ボブ氏が いかにもスローライフ風の佇まいなので 対比としてやたら目立つ
ざっと見た感じで60代はいってる感じ
いやそれとももっと若いのか...
日本人でこんなにミステリアスに歳を取れる人はそういない
自分の掟で生き抜いてきた風情
上海の裏町に紛れ込んだような気分にさせてくれる

何だか嬉しい
ウヰスキーをもうひとつ


私は聞きながらどうしても若い頃のことを思い出してしまいました
十代の頃に焦がれ求めた「自由」
でもその意味は未だにわかりません

私の友人には
当時の自由_若者文化_フラワームーブメントに焦がれ
しかし逃げ場のない現実社会との間で精神のバランスを崩し
未だに立ち直れない者が何人かいます
音楽の世界にも
絵の世界にも...
その昔 
彼らは皆 才気溢れる若者でした

私が求めていたのは
夢中になれる確かなものだったのでしょう
それを見つけて...試し...感じ...思い知り...
また試し...気づき...喜び...そしてもう一度......

今ここで歌っている内田ボブという人にしても凄まじい世界を生き抜いてきたことがわかります


結局私はアンコールの最後までそこにいました
レジで勘定を済ませていると内田ボブ氏が横に来て私に握手をしてくれました

年輪を重ねた優しい顔
沢山のものを見てきた目...

生きて行く勇気を貰ったようで私もお礼を言いました

彼に
そして彼と私が生きてきた社会に

出会った人達に


ありがとう
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by hirokimafuyu | 2005-06-10 11:35 | LIVE REPORT
2005年 05月 28日

山口冨士夫の夜

国立「地球屋」で山口冨士夫を見た

「地球屋」は広い店ではない
小学校の教室を縦半分に切ったくらいの場所をステージとバーカウンターそして客席で分け合っている
昨夜はテーブル席が外されステージ前のスペースはオールスタンディング
開演の1時間前には既に客が溢れかえり 立ったままビールを飲んでいる

ざっと見て100人以上_この店でこれだけの人を見るのは初めてだ
客層は様々
思っていたよりも若い人が多くて嬉しい
山口冨士夫は今の若者こそが経験すべき素材だと思うからだ


散々焦らされた後 冨士夫のアコースティック弾き語りからLIVEが始まった
ゆるーく...とてもゆるく
自作の曲と共にオーティス・レディングやニール・ヤング等のカバーが歌われていく

良い
真綿で締め付けられていくような不思議な緊張感がある
とてもラフな歌い方ながら隙はない
私は後ろから押される形でいつの間にかステージすぐ横に居た
これだけ近くで山口冨士夫を見るのは初めてのことだ

この存在感は何なんだろう
客席の空気が張りつめていく

そしてエレキギターに持ち変え アンプのヒス・ノイズと共にドラマー/チコヒゲとベーシスト/レイが紹介されると場は一気に沸騰
音がうなりRock'n'Rollが始まった

凄い_
バンドはこの瞬間で決まる
ここで決まらなければ100年練習しても人の心には届かないだろう

決して大きな音ではない
冨士夫のアンプはマーシャルの30w
チコヒゲのドラムセットも極めてシンプルなものだ
どちらもPAで増幅していない
つまり生音のまま
それでもダイレクトに突き刺さってくる

冨士夫の今日のギターは黒のストラトキャスター
黒ずくめの格好に溶け込んで体の一部のように見える
足元のエフェクターはコーラスとワウだけ
その色も黒と銀
まるで兵士の足元に転がった薬莢のようだ

Rock'n'Roll_

昔から馴染みの曲が
今に塗り換えられた歌詞で歌われていく

きな臭くなり始めた現代への警告
去勢された管理社会への風刺
何よりも そんなものに元々一人であった俺達の「個」が壊されてたまるかといった思い
強い願い
祈りのような歌_

BLUES育ちの山口冨士夫
PUNK育ちのチコヒゲ!
FUNK育ちのレイ!!!といった簡潔なメンバー紹介が入る


私は冨士夫が元FRICTIONのチコヒゲと新BANDを組むという話を聞いた時
それは凄い話だが果たして上手く行くものだろうかと思った
二人の音のタイプが水と油のように感じていたからだ

でもそれは杞憂だった
縦乗り気味のチコヒゲのビートに乗ることで冨士夫が若返っている

そして骨と皮だけのようなラフなアレンジを支えているのがレイのベースラインだ
この女の子は本当に上手い
突っ走るバンドが破綻しそうなところをしっかりと繋ぎ止めている
FUNK育ちのレイ

曲間のない殆どメドレーのような構成
あっという間に一部が終わった


二部を待つ間に話をした20才の青年は最近BANDを組んだばかりだという
上気した表情で
こんなもん観たらもう何も聞けないっすよ、という

名古屋から高速バスで来たという女性は
あと何回見れるか分かりませんから、と話す

ああ...その通り
若い頃ヒーローと思った男達の幻想が次々と崩れて行く中で
唯一人 山口冨士夫だけが未だに自分を研ぎ澄ませている
その間ざっと30年
これをいつまでも見れるものと思ってはいけないのだ

ダイナマイツ 村八分 ティアドロップスとバンドが変わっても冨士夫のスタンスは変わらなかった
ROCK文化のないこの国でそれをやり通すことがどれだけ困難なことか
たやすく想像出来るものではない

冨士夫はストーンズのギミーシェルターにのせて日本語意訳の歌詞で戦争が近づいている不安を歌った

彼のメッセージ色は昔よりも強い
今この国で起こっていることが心配で堪らないのだろう_


山口冨士夫は
純度100%のPure Poisonだ

毎日聞き流せる類の曲ではない
しかし生きていく上で その歌が必要になる瞬間に出くわす
その時はいつだってこちらの勇気を支える最良の薬になってくれる筈だ

彼の今度のBANDが息の長いものになることを願わずにはいられない

このままずっと

いつまでもずっと
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by hirokimafuyu | 2005-05-28 18:25 | LIVE REPORT